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パラグアイってどんな国?
基本情報
略史
政治体制・内政
観光
文化
政 体 立憲共和制
元 首 フェルナンド・ルゴ・メンデス(任期5年。再選不可)
議 会 二院制(上院45、下院80、任期5年)
政 府

(1)副大統領 ルイス・フェデリコ・フランコ・ゴメス
(2)外相 エクトル・リカルド・ラコニャタ・サラゴサ

内 政

1954年から35年に亘ったストロエスネル軍事独裁政権では、政治・経済の安定を達成する一方、厳しい抑圧体制が敷かれた。同政権は1989年2月、ロドリゲス将軍のクーデターにより倒壊。ロドリゲス政権は、「民主化と人権尊重」を掲げ、政治活動・言論の自由、労働者の団結権等を保証する新憲法を1992年に公布。

 1993年8月、同国で初めての民主的選挙により文民大統領に就任したワスモシ大統領は人権の尊重、司法権刷新、憲法順守等、民主化定着の観点から政治的には成果を上げ、特に軍の政治・経済・社会的影響力を大きく後退させたが、失業者の増加、貧富の差の拡大等、社会経済面では成果に乏しかった。

 1998年8月に就任したクーバス大統領は、民主主義強化、経済活性化等への意欲を見せたが、オビエド将軍(軍政復活を目論み1996年にクーデター未遂)の釈放措置を巡り、国会及び最高裁と対立。大統領弾劾の動きが出る中、1999年3月、アルガーニャ副大統領が暗殺され、その後の混乱の責任をとる形でクーバス大統領は辞任。憲法規定に則りゴンサレス上院議長が新大統領に就任。2003年4月、大統領選挙が実施され、ドゥアルテ与党コロラド党首が選出された。

 2003年8月に就任したドゥアルテ大統領は、巧みな国会対策を講じつつ、汚職対策や税制改革等の各種政治・経済改革の推進に向け指導力を発揮し、政権前半の内政は安定的に推移した。しかし、政権後半では、大統領による強引な政策運営に野党が対立姿勢を強め、経済の安定化には実績を挙げたものの、一連の改革は停滞し、失業・貧困の蔓延、治安問題等は改善せず、国民の不満が増加した。

 2008年4月の大統領選挙では、中道左派のルゴ元司教(野党連合「変革のための愛国同盟」)が、貧困層への支援、汚職対策、財政引締め、公的サービスの改善、雇用促進、治安改善などを公約に掲げて当選し、61年ぶりの政権交代を果たした。ルゴ大統領は、汚職の摘発、公立外来医療・緊急医療の無料化、イタイプダム問題の解決に向けたブラジルとの交渉等で一定の成果をあげたものの、懸案事項である土地無し農民による治安問題や司法改革、雇用創出については具体的成果を上げるに至っていない。また、国会との関係においては、少数与党であることに加え、連立与党内での効果的な連携の確保に困難がみられる。

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