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移住と「日系人の母」ミランダ女史
ミランダ女史について
ミランダ女史写真集
移住について
□情報提供に関するお願い
 これら公開する写真は、Sta.Agustina Miranda女史の養女であるメルセデス女史、コティ女史からデータを借用し、事務局広報室においてこれを電子化し、撮影年や写真中人物などが判明している場合は、これを説明として記載しています。
 残念ながら、全ての写真について説明するデータがありませんので、写真の撮影年や写真中人物の氏名・肩書きなどをご存じの方は、事務局宛に情報をお寄せ下さい。
 →情報提供はコチラへ(miranda@paraguay.or.jp
□記録映像提供のお願い
 アグスティーナ・ミランダ女史は「パラグアイ日系人の母」とも呼ばれた方で、その生涯を日本人移住者の庇護に捧げられたと言っても過言ではありません。
 皆さまがミランダ女史の写真映像などをお持ちで、このページで公開をお許しいただける方がありましたら、事務局広報室までご連絡下さい。ご提供者のお名前とともに、撮影年や写真中人物紹介、またコメントなどを付して公開いたします。
 →お問い合わせはコチラへ(miranda@paraguay.or.jp

はじめに−ミランダ女史について−

 Sta.Agustina Miranda Gonzarez女史は、若き日にコルメナ移住地の小学校校長に赴任されて以来、パラグアイ共和国日本人移住者の庇護にその生涯を捧げられた。
 ストロエスネル政権にあっては大統領官房副長官を務められ、1989年2月の政変までその職にあった。
 政変後は大変困窮されていたようであるが、これは驚くべきことだと思う。世界を見渡してみて、独裁政権の権力の座にあって、資産を残していない人など見つける方が難しいのではないか。
 日本人移住者は、かかる稀有の人を庇護者に持ち得た。これこそ神の配剤と言うべきであろう。
 時移り世代わり、ミランダ女史を知る人も少なくなった。今の若い世代の人たち(パラグアイの日系人でも)は、女史を知らない(名前しか知らない)人たちも多いと思う。
 ミランダ女史の滅私の功績は語り尽くせず、日本人移住者の受けた恩恵は計り知れない。私たちはこのことを忘れずに、語り伝えていかなければならないと思う。
 女史の養女である、メルセデス女史、コティ女史からミランダ女史の映像資料を借り受け、これを電子化したすることができた。これに知る限りのコメントを付して公開したいと思う。
 コメントのないものについてご存じの方があれば、是非写真の説明をお寄せいただきたい。

心からミランダ女史の恩愛に感謝を込めて。

【1992年5月、ミランダ女史の日本訪問】
(日本訪問の経緯)
 1989年2月に政変があって、ミランダ女史はパラグアイ政府の役職を退かれた。失意といえば失意の状態でもあられたろうし、経済的にも困窮していたようにお見受けしていた。
 1990年8月に杉尾榮俊名誉総領事(協会理事長/当時)、鮫島紘男事務局長(現理事長)がパラグアイ訪問した際に、杉尾名誉総領事はミランダ女史に経済支援を含む全面的な支援を申し出られたが、ミランダ女史の返答は、「私は、お金も家も車も何もいらない。ただ、生きてるうちに今一度、あなたたちの国を訪れたい。」というものだった。
 このことを知った西野世界JICA理事が、「女史へのご恩返しに日本にお招きしよう、そして天皇陛下に会っていただこう。」と関係各方面に働きかけをなさった。
 このような経緯で、1992年5月ミランダ女史とメルセデス女史の日本訪問が実現した。

常陸宮邸に参上した折の一枚。常陸宮殿下、華子妃殿下はパラグアイ移住50周年の際にパラグアイを訪問されており、この時も、常陸宮邸から協会にわざわざご連絡をいただき、急遽常陸宮邸に参上した。

(前列左から、メルセデス女史、華子妃殿下、常陸宮殿下、ミランダ女史、後列左から、丸山啓子通訳、杉尾榮俊名誉総領事)

議員会館事務所で二階堂進会長(衆議院議員)と。

以下3枚はいずれも、外国人記者クラブでの歓迎会にて。

相澤英之衆議院議員(現会長)、歌手の菅原洋一さんなど。

西野世界JICA理事主催の歓迎会。(後列左から二人目が高橋辰夫さん、中央が西野世界理事。)

中央左が西野世界JICA理事、中央右が岡山嘉成事務局長。

以下4枚はいずれも、杉尾榮俊名誉総領事を表敬訪問された折りのもの。

左から、磯田明専務理事、ミランダ女史、メルセデス女史、岡山嘉成事務局長、一人おいて杉尾榮俊名誉総領事(協会理事長)。

黒須さんご夫妻と。

【ミランダ女史写真】
 次にご紹介する写真は、撮影年などが不明のものが多多あります。撮影年(大体でも)や写真の皆さまをご存じの方があれば、事務局までご教示下さい。順次説明を追加したいと思います。

【撮影年】1988年
【説 明】移住50周年を記念して日本の援助で完成したCentro Paraguayo-Jponesaの開所式典において。
前列左二人目がミランダ女史、左から5人目はストロエスネル大統領。

【撮影年】不詳
【説 明】ストロエスネル大統領が国賓として日本訪問された際のもの。
皇太子殿下、妃殿下(当時)とミランダ女史。

【撮影年】不詳
【説 明】高円宮殿下、久子妃殿下と。

【撮影年】不詳
【説 明】佐々木高久特命全権大使、令夫人と。

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