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ホーム パラグアイってどんな国? 移住と「日系人の母」ミランダ女史 協会について
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パラグアイが大の親日国であることは多くの皆さんがご存知だと思います。多くの日本人移住者が80有余年前からパラグアイへ移住し、営々たる努力の末に今日のパラグアイ日系人社会が存在しています。その歴史の中で大きな役割を果たされたのが、「コルメナの母」「全日系人の母」と呼ばれた故アグスティーナ・ミランダ女史で、女史についてはこのホームページでもご紹介しています。

さて現在日系青年ボランティアでパラグアイに派遣されている原本義浩さんが、ミランダ女史の事績を追われており、同氏のFaceBookに関連情報がアップされました。動画紹介もされておりますので、是非ご覧いただきたくご紹介いたします。(以下原本氏のFaceBookから転載)

【En busca de las huellas de "Miranda"】
【「ミランダ」の足跡を求めて】(※日本語は下)

Gracias a la invitación amigable desde la Sra. Mercedes Rivas, tuve oportunidad de visitar la ofi...cina de la Asociación de Cooperación Nippon-Paraguay.

Le pedí a vernos para que conociera a su madre, la Sra. Agustina Miranda González, a quien uno llama como "la madre de los Nikkei(Japoneses) en Paraguay" .
 
Sra. Agustina tenía amistad con los japoneses al primer período de la inmigración japonesa. En 1941, Ella tomó posesión del cargo de maestra para enseñar idioma y cultura paraguaya(Libro de 20aniversario de La Colmena, P.104, 106-108). Y siguió ayudando a los japoneses durante su vida entera.

Con los materiales en japonés, no se habían encontrado las evidencias que describían sus carrera y relaciones con los japoneses. En esas horas, resibí la invitación.

Por fin son hallados muchos.
Otra vez querría agradecer a la Sra. Mercedes.

先日メルセデス・リーヴァス女史にお招きいただき、パラグアイ・日本人造りセンター内にある日本パラグアイ協会事務所までお邪魔して来ました。
 
訪問目的は、メルセデスさんの母君 故アグスティナ・ミランダ・ゴンザレス女史 についてお話をうかがうことです。

ミランダ女史は時に「パラグアイ日系人の母」とも呼称されることもある方です。
 
戦前においては入植初期から日本人と交流を持ち、1941年にコルメナの中央小学校(当時の日本語小学校のこと。芭国教育も法令により必修だった)のパラグアイ側の教師を務め(ラ・コルメナ二十周年史 P.104、106〜8)、戦中戦後も長らく特にラ・コルメナの日系社会発展に寄与されてきたそうです。
 
実際彼女にお世話になったと仰る方は多いのですが、では具体的にその経歴や日系社会との関係がどのようなものであったのかは日本語の文献ではどうしてもわかりませんでした。
 
そんな折に今回の招待がありました。
お蔭様で今まで見たこともない史料を見せていただきました。
これから更に勉強させていただきます。

メルセデスさん、ありがとうございました。

参考:
1.社団法人日本パラグアイ協会事務局長 岡山嘉成氏のアグスティナ・ミランダ女史の紹介(http://paraguay.or.jp/nikkeijin_jyoshi.html
2.パラグアイ日本協会がコルメナ日系一世を中心に行ったインタビューの動画(https://www.youtube.com/watch?v=KliNqc06h1c

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